無意識の甘味を召し上がれ
「八千代ー、パフェおかわり」
「はぁい、すぐにお持ちします!」
店長と轟さんのそんないつも通りの会話が聞こえて俺はちらっとふたりの方を見た。店長が立っている付近の机には既に食されたパフェのグラスがいくつも積み重なっていて思わずうわぁ、と声が漏れる。
「朝からパフェ何杯食べる気なんだろうねー」
「知らん。つーか相馬てめぇ仕事しねえならあいつを止めてこい」
そう言う佐藤くんにえー、仕事してるよと返してから包丁を持って、止めていた自分の作業を再開する。店長に言っても轟さんに言っても結局聞かないだろうし。
「…というわけで佐藤くん」
「ん?」
「パフェ食べたい」
「いきなり何だ。意味わかんねえのはお前の存在だけにしとけ」
「地味に傷つくんだけど」
佐藤くんが冷たい。でも本当に轟さんが作るパフェは凄く綺麗だから美味しそうで。しかもキッチンは暑いから余計に冷たいものが欲しくなる。休憩入ったら賄いとして貰おうかな、とか考えた時。
「山田!先輩を巻き込むな!」
小鳥遊くんの注意を促す声が聞こえたからキッチンからフロアの方を覗いてみた。そこには朝食であろう納豆ごはんを抱えた山田さんとおろおろしている種島さんがいた。
「何ですか、小鳥遊さん。山田の朝ごはんの邪魔ですか!」
「朝ごはんなら一人で裏に行って食べろ。お客さん居るんだぞ」
「でも一人じゃ『あーん』はできません」
「しなくていいしされなくていい」
「か、かたなし君あのね、葵ちゃん11卓のお客様見て羨ましくなっちゃっただけなの!あんまり怒らないであげて…?」
そのあたりまでの会話を聞いてから種島さんの言う11卓へ視線を送る。そこには小学校低学年くらいの女の子とその母親がいて、母親は自分が頼んだ料理を少しスプーンにのせて女の子の口へ運んでいた。
…ああ、成る程。あれが羨ましくなって近くに居た種島さんにしてもらおうと思ったんだ。生憎失敗しちゃったみたいだけど。
「はぁ…、わかりました。じゃあ先輩、仕事に戻りましょう。ほら山田、もう怒らないから裏に行って食べてこい」
「葵ちゃんごめんね。また今度してあげる!」
そう言いながらフロアの仕事へ戻るふたりを見送った後、山田さんはしぶしぶこちらへ向かって歩いてきた。
「佐藤さん、相馬さん、種島さんが連れていかれてしまいました…」
「それは残念だったねー」
「そうか。とりあえずここで朝メシ食おうとすんな」
「だって今八千代さんは店長につきっきりなので寂しいです、よね」
「同意を求めるな」
「…山田いい加減お腹空いたのでもう自分で食べます」
「勝手にしろ」
そんな感じで山田さんはもきゅもきゅと箸を進める。…納豆は嫌いじゃないけど、色々混ざったそれをよくそんなに美味しそうに食べれるなぁ。そう思って見ていると、視線に気付いて顔を上げた彼女と目が合った。
「相馬さん山田をじっと見てどうしました?…は!まさかやっと山田の兄に「違うから」
言い終わる前にぴしゃっと言葉を遮った。
「何故ですか!!」
「何でだろうねー」
なんてはぐらかしていたとき、パフェのグラスを沢山持った轟さんが入ってきた。
「相馬くん、少しいいかしら?」
「どうしたの?」
「今日の休憩なんだけど、杏子さんうっかり間違ってたみたいで。このままだと相馬くん、まひるちゃんと一緒になっちゃうから早めに休憩とってくれないかしら?」
「そっか。んー…じゃあ今お客さん少ないから休憩貰うね」
「ごめんなさいね」
命の危機を未然に防いでくれた轟さんが謝るのも変な感じがしたけど、本人はいつも通りにこにこしながら流し台でグラスを洗い出したから俺も気にしないことにした。
「佐藤くん」
「何だ」
「轟さんは天使だね!」
「…………」
佐藤くんがフライパンを握ったから俺は一目散に休憩室へ向かった。
***
「相馬さん!」
「どうしたの?山田さん」
休憩室に着いたとき、後ろからぱたぱたと足音がしたので振り返ると山田さんが居た。
「休憩に妹はおひとりいかがですか!」
「…山田さん仕事は」
「安心して下さい。山田の勤務は午後からですっ」
安心…なのかな?まあ仕事中じゃないのなら相手するのもいいかと思ったのでじゃあお願いしますと言うと、かしこまりましたー!と笑顔で抱きついてきた。そんな彼女に思わず微笑みを浮かべて休憩室の扉を開けた。
「そういえばですね、山田パフェの作り方を覚えたんですよ!」
山田さんは部屋に入るなり嬉しそうにそう話しかけてきた。
「へー、そうなんだ」
「や、八千代さんから誉められました!」
「それはよかったね」
最初のひとことから多分誉めてほしいんだろうとわかったけど、 遊び心で素っ気無い返事をしてみた。焦ったような残念そうな表情をしながらどうしたら良いか考える山田さん。面白い。
「ちょっと待ってて下さい!」
不意にそう言って立ち上がった彼女はどうしたのか聞かせる暇を与えずに休憩室を出ていった。… 待っててと言われたからにはとりあえず待つしかないだろう。 が、どうも手持ち無沙汰な感じがしたのでコーヒーでも淹れることにした。ひとつはとびきり甘くしようと考えながらコップを手に取る。
熱いお湯を注いでコーヒーの芳ばしい香りが部屋に漂ったのとほぼ同時に、ばん!と休憩室の扉が開いた。入ってきたのはもちろん山田さん。
「お帰りー…て、それ…」
「食べてみてください!」
彼女が持ってきたのはチョコレートパフェだった。
「…わざわざ作ってきてくれたの?」
「はい!相馬さんの為に作りました!」
きらきらした笑顔を浮かべながら早く座れと山田さんに急かされた為コーヒーを机に置いてから席についた。目の前に置かれたパフェとスプーン。うん、轟さん程じゃないけど形になっていて美味しそうだった。
「さぁ、どうぞ」
「じゃあ…いただきます」
スプーンを手にとりチョコレートソースがかかったアイスをすくって口に運ぶ。冷たさを感じた直後に甘さが口内に広がった。
「うん、美味しい」
「でしょう!」
「形も綺麗だと思うよ。頑張ったね、
「相馬さんに誉められました!!」
向かいの席の彼女はそうやって本当に嬉しそうに笑うからついつられて俺も微笑んでしまう。…たまにはこんな時間も悪くないなぁ。
「山田さん」
「はい」
名前を読んで手招きをすると、不思議そうな顔で身を乗り出してきた。そんな彼女の前にアイスをのせたスプーンを差し出す。
「はい、あーん」
「え、」
「したいんでしょ?これ」
「!」
「俺丁度パフェが食べたかったからさ。作ってきてくれたお礼」
そう言い終わると同時に山田さんは少しはにかんでそれからぱく、とスプーンを口に含んだ。…ちょっと楽しいかも。
「美味しいです!さすが山田が作ったパフェです」
材料は同じだから味が変わる方が珍しいとは言わないでおこうかな。その笑顔に免じて。
「やっぱり山田の兄は相馬さんしかいません!相馬さん、兄になってください!」
「そうだねー…考えておこうかな」
そうやって曖昧な答えを出すのは、期待を持って彼女が何度でも俺のもとへ来るように願っているからなのかもしれない。
「山田ファミリーは随時募集中ですから遠慮しないでくださいね!」
まあ…遠慮でないことだけは確かかな。やっぱりこれも言わないけど。とか考えていたらいつの間にかグラスは空になっていた。
「ごちそうさま」
「じゃあ山田片付けてきます!」
「あ、山田さん待って」
「何ですか?」
自分が思う優しい手つきで山田さんの頭を撫でる。見たままに艶やかでさらさらしている髪が心地いい。
「ありがとね。また作ってくれると嬉しいな」
「相馬さんの為ならいつでも承ります!」
無意識の甘みを召し上がれ
(そういえば山田さん、パフェの代金は…)
(はっ…!あ、後で払います!)
fin